思い出のレース#13

July 9, 2018

思い出のレース

スナイプスキッパーで主将を務めます小塩と申します。

このブログを書くにあたって1回生から今までの様々なレースを思い出してきましたが僕の中での思い出のレース(レガッタ)は「2016年団体戦予選」です。

実はこのレガッタには僕は出場していません。

このレースが思い出となった経緯は長くなりますが1回生終わりの同志社ウィークに遡ります。この時期から僕は同期の中川と熾烈な管理艇争いを始めました。お互いに29598を希望したため2レガッタの成績によって決めることになり、その最初のレガッタが同志社ウィークでした。ここでは僕の方がいい順位をとったのですが次のレースでは僕が熊本地震で帰省したため仕切り直しとなりました。しかし、次の四大戦でも、その次の個人戦予選でも中川と僕の成績に差は無く当時のスナイプリーダーを悩ませてしまいました。
結局の所は最高順位で決めることになり僕が29598に乗ることになりました。その後中古のスナイプを購入したことで中川は29658に乗ることになり、ここからは僕と立石ペア、中川と青木ペアの間で激しい争いが始まりました。(青木のブログ参照)
 このときの夏合宿は毎日が真剣勝負で合宿中は馬鹿みたいに中川に勝つことだけを考えて過ごしていました。帆走1回1回毎に負けるのが本当に悔しかった。その争いの末、琵琶湖スナイプで僕が好成績を収め、3番艇のポジションを獲得しました。

さて、ここで思わぬハプニングが発生しました。僕が団体戦予選の前日練習で肩関節を脱臼し出場が不可能になってしまったのです。怪我した瞬間の僕は頭が真っ白になり、医師からレースに出れないことを伝えられたとき悔しさで涙が止まりませんでした。

団体戦予選レース当日、京大としては僕の代わりに中川が出場することになりました。自分としてもどういう心持ちで望むのか困惑していました。しかしこのとき僕は夏合宿、あれだけ負けたくなかった、憎かった中川に心の底から走って欲しかったのを覚えています。人生において初めての感覚でした。全力を出して争っていたからこそ本当に信頼できたし、前を走ったときには本当に嬉しかった。団体戦予選を突破したとき、まさか大学生になってここまでの感動をすることになるとは思ってもいませんでした。
長くなりましたがここまでが僕の思い出のレース(レガッタ)になります。(この後蒲郡にて強風に蹂躙されたのはまた別の話…。)

そんな中川と迎えるヨット部最後の夏がそこまでやってきています。団体戦予選1位通過はもちろんのこと、団体戦本戦でもワンツーフィニッシュを決めて京大の名を全国に轟かせるべく、より一層日々の鍛錬に取り組んで参ります。 

 

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