引退ブログ 佐藤弓月(マネージャー)


第86代マネージャーリーダーを務めました、佐藤弓月です。


引退して早くも1ヶ月が経ちました。この1ヶ月という時間を自分のためだけに使うことは約4年ぶりで、どれだけこの4年間ヨット部のことを考え続けていたかを実感しています。


 思えば、私にとって意地とプライドの4年間でした。そして、マネージャーという立場について自分に問い続けた4年間でした。


 これまで音楽ばかりやってきた自分は、良い演奏をするために、自分が上手くなるために努力してきて、誰かのサポートをしたことはありませんでした。京大ヨット部は「プレイヤーとマネージャーが共に戦う」ことを大切にしています。しかしマネージャーは直接結果を残せません。一緒に戦うって何だろう?自分のサポートで結果が変わるのか?マネージャーのやってることって、プレイヤーでも出来るのでは?と思い始めて頭の中をぐるぐるとさせたことは何度もあります。マネージャーのモチベーションの保ち方は本当に人それぞれで、人によってはそれはもう難しいものです。「ヨット部の人が好き」「雰囲気が好き」でモチベーションを保っていたマネージャーも中にはいると思います。それはとても素敵なことですが、私はそれでは無理でした。


 今までサポート経験が無かったからこそ、自分の努力で何かが成長したりすることにやりがいを感じていたからこそ、ヨット部へのモチベーションを保てない時期がたくさんありました。「私がいなくても京大ヨット部は変わらない」と思い、部活を辞めたくなったこともありました。


 それでも、途中で投げ出すことが嫌いな自分の性格と、年々増える自分を慕ってくれるマネージャーの後輩の存在のおかげで、私の意地とプライドが働いてしまいました。


「私がいなくても京大ヨット部は変わらない」から辞めたくなるなら、「私がいたから京大ヨット部は強くなった」と思えるようにしたい。そんな意地とプライドで、特にマネージャーリーダーとしての1年間は駆け抜けたような気がします。


 レスキューでは自分が練習を回さなければと思って他大マネージャーに話を聞いたり、ヨットの知識をもっと身に付けなければと思って技術ミーティングに毎回参加したり、自分に自信をつけるために今思えばたくさん自分なりに努力をしました。


 その努力をしたかしなかったかで、どのくらい結果が違ったのかはわかりませんが、自分がそうすることで京大ヨット部にとってのマネージャーという存在が大きくなればいいなと思っていました。後輩はそれを見て、かつて自分がそう思ったように「先輩のようになりたい、頑張りたい」と思ってくれたらいいなと思っていました。


 多分世の中のサポートメンバーの方の大半は、「自分のサポートでプレイヤーの何かのためになれば」と日々尽力していると思います。私は「私がいたから京大ヨット部は強くなった」と思いたい自分のために頑張りました。結構おこがましいし、少し変な精神かもしれませんが、これが私の1番のモチベーションの保ち方で、京大ヨット部にいる意味でした。


 私の話ばかりしてしまいましたが、後輩のみんなへ。

 頑張る理由はなんでもいいです。ヨットが好き、海がすき、ボートの運転がすき、部員がすき。なんでもいいからひとつぶれないものを持っておくと良いと思います。その理由があれば4年間走り抜けられます。私はこの4年間、ヨット部で頑張って良かったと、今胸を張って言えます。私の頑張る理由のひとつであった後輩のみんなの成長をこれからも応援しています。


4年間お世話になりました。


拙い文章でしたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

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