

引退ブログ#14 曽良美彩紀
お世話になっております。90期マネージャーの曽良美彩紀です。 はじめに、インカレを終えてから早くも3か月弱が経ってしまいましたが、執筆を怠り最後までご迷惑をおかけし大変申し訳ございません。 この場をお借りして、代交代式ではお話ししなかった4年間の振り返りをさせていただきます。 1回生の春、入部を決めた当初は正直4年間続ける覚悟はなく、まずは1年間このかっこいい4回生達を見送れればいいかという気持ちでした。しかしヨット部の生活が楽しくてしょうがなく、気づけば2回生を終えていました。3回生で最上回生となり、上下との関わりや教育につまずき、89代での引退も考えていました。しかしこれまでの生活や同期マネージャーを思うと決断できず、最後の年を迎えました。 就職活動や学業とも重なり苦しい日々でしたが、私が部活を続けられる日までは後輩たちに教えられることを教え切ろうと毎朝意気込み琵琶湖に向かっていました。また、最後なんだから楽しんでやれ!と夏の琵琶湖では最上回生の特権を存分に使いマネ飯で餃子を250個包んだり、念願のたこ焼きをしたり好き放題させてもらいましたが


引退ブログ#13 髙橋香琳
お世話になっております。 90代マネージャーの髙橋香琳です。 監督コーチを始めとする先輩方や後輩たち、そして同期のみんな4年間色々とお世話になり、本当にありがとうございました。 ようやく引退した実感が湧き、土日にみんなで練習していたあの当たり前だった日々がどれだけ貴重な時間だったか、今になって感じます。引退ブログと言うことで、思い出を振り返りたいと思います。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 入部のきっかけは、先輩方が全国3位という目標を掲げ、日々仲間と切磋琢磨しながら目標に向かって努力する姿をみて、私も一緒に頑張りたいと強く思ったことです。大学に入ってヨットという素晴らしい競技に出会いましたが、新歓の際にレスキューボートを運転した時の爽快感に心がトキめいたのは今でも鮮明に覚えています。私はマネージャーとして選手をサポートした経験がなかったため、最初は不安がありました。しかし、先輩方の温かい雰囲気や新しいことに挑戦できそうな環境に大きな魅力を感じ、この場所で頑張りたいと思い入部を決意しました。 1回生と2回生のときは、練習に行くのが楽しみ


引退ブログ#12 下村優芽
お世話になっております。90期マネージャーの下村優芽です。 まずはこの場をお借りして、京大ヨット部に関わるすべての皆様に、無事に引退の日を迎えられたことへの感謝を申し上げます。 インカレを終えてはや2ヶ月が経ちました。KUYCのブログを書かせていただくのもこれで最後ですが、引退ブログで何を書いていいのかわからず最初の挨拶からなかなか筆が進みませんでした。ブログ担当の方に迷惑かけてしまいすみません。 代交代式の際に、「一瞬一瞬を大事にしてほしい」と話したことを覚えている人は少ないかもしれませんが、本当に普段の練習がいかに重要だったのかを最後のインカレで身をもって実感したのでこのことを最後に伝えたいです。 私は学連という立場だったこともあり、レースの多くは運営側に立つことが多く、自チームのサポートに入る機会は、他の同期マネージャーはもちろん、下手をすると2回生マネージャーよりも少なかったと思います。そこで、少しでもレース経験を補うため、外洋のレースでは自発的に支援艇に乗せてほしいとマネリーダーに頼んでよく遠征に行かせてもらっていました。...


引退ブログ#11 豊田航生
お世話になっております。90代470クルーの豊田航生です。 「こんな引退がしたい」と、先代の引退ブログに憧れて入部したあの日から4年。時の流れの速さに驚くと同時に、濃密で、永遠のようにも感じられたヨット部の4年間が終わってしまったことに、未だ不思議な感覚を覚えています。 引退してからの1ヶ月、多くの人に「今の心境」を問われました。少しニュアンスがずれている点もありますが、私はほとんどの人に「意外なほど清々しい」と答えた気がします。 目標としていた総合4位には届かず、個人としても満足のいく結果ではありませんでした。それでもこの清々しさを感じられるのは、結果の良し悪し以上に、「ヨットという競技に、4年間真摯に向き合い続けた」という自負があるからだと思います。 振り返れば、4年間楽しいことや苦しいことなど色々なことがありました。特に私の4年目は決して順風満帆ではありませんでした。 年度冒頭の怪我による離脱、全く結果が出ずどん底を味わった春合宿、成長を実感しながらもあと少しのところで遠征を逃した悔しいレースシーズン、藻にまみれた琵琶湖夏合宿、そして体力の


引退ブログ#10 鈴木亮太朗
誰に読んでもらいたいか? ①後輩の皆 このブログをきっかけに新しい気づきを得て、あわよくばより良い未来に向かって新たな一歩を踏み出してくれることを願います。興味あるテーマだけでも読んでいただけると嬉しいです。 ②お世話になった先輩方 やっと僕も卒業しました。皆さんのおかげで今の僕があります。多くの先輩方の顔が浮かびます。感謝です。どんな感想でも構いません、読んでLINEいただけると喜びます。是非ご飯ご一緒させてください。今も変わらず、美味しい肉と魚が大好きです。 ③ご縁あってこの文章を読んでいただいているビジネスマンの方 僕は起業家として、47歳で1兆円の産業を創ります。同時に、文化・コミュニティ・場を作れる人間になり、日本・地球に差分を残します。僕の生き様を見て投資してくださる方、ご連絡ください。mail: jpnryo1231@gmail.com この時代ですが、AIを一切使わず自分の言葉で書きました。こんな非効率・非生産的方法で書いたのかと言われそうです。さらに時代が進み、文化の振り戻りがあり、「やはり人の手で書くのがいいよね」と言われる時


引退ブログ#9 宮本航太郎
90代スナイプスキッパーでした宮本航太郎です。引退して今思うことをいくつか書こうと思います。 まず、4年間この部活を続けられたことを嬉しく思います。僕は中学サッカー部を入院を機に途中退部して、高校はロケット同好会という緩い部活動だったので、しっかりと最後まで部活に打ち込んでやるというのは僕の人生では初めてでした。最後の1年はスナイプ優勝という目標と自分の現状との乖離に苦しみ、辞めてしまったらどんなに楽だろうかと何度も考えました。ハーバーに行くだけで吐き気がして、特に何かあるわけではないのに涙が止まらなくなることもありました。そんな状態でヨットに乗れなかった日、自分がヨットを続ける理由は何か考えました。今まで続けてきた時間を無駄にしたくないからとか、辞めるとチームに迷惑をかけるからとか色々と思いつく理由はあったのですが、結局1番大きかったのはヨットに乗ってない自分が想像できないくらいこの競技が好きだったからです。それに気づけた時自分は随分楽になりました。ヨットでシビアに乗るのはしんどい時もあるけれど、ヨット自体が敵なんじゃなくそこで甘えてしまう自分


引退ブログ#8 高槻達起
今自分が引退ブログを執筆させていただけるという事実にまだ驚いていますが、これも沢山の方々に支えてもらったおかげです。どうにか四年間やり遂げることが出来ました。本当にありがとうございました。 引退ブログどう書こうか、この場をお借りして何を伝えようかということで非常に迷いました。伝えたいことは沢山あるし、その思いをのせる言葉もたくさん持っているけどこのブログという伝えられることが限られている中で何を伝えるかは本当に難しい。含蓄に富んだ文章を書けたりするほど文才もないのでいつも通り冗長に文章を書こうと思います。800字という字数制限は守れそうにないです。 先日、代交代式を終えました。 卒部生の言葉を聞いて現役部員はどのように感じたんでしょうか?色々な思いを持った人が居たと思います。 もっと感謝を伝えられる組織になろうと言う人、結果に満足し成仏してる人、未練がましく後悔を吐露する人、変な人。 自分は間違いなく代交代式では変な人でした。わかりにくく当たり障りのないことを話したからです。ですので、思いのたけをここで書かせていただこうと思います。...


引退ブログ#7 伊藤萌
お世話になっております。4回生マネージャーの伊藤萌です。 このたび、無事に4年間の活動を終え、ヨット部を引退いたしました。今の率直な気持ちは、大きな達成感とともに、ようやく一区切りを迎えられたという安堵が強いです。長いようで短かった4年間ですが、振り返ると本当に多くの経験に恵まれた時間でした。 私がヨット部に入部したきっかけは、滋賀県出身で地元への思いが強かったことから、琵琶湖で活動できる環境に魅力を感じたためでした。当初はそれほど深く考えず、軽い気持ちで入部したのですが、すぐにその甘さに気づくことになります。夏は大変暑く、冬は厳しい寒さが続き、雨の日は雨に打たれながらマネ飯を運んだり、レスキューを運転したりと「今日は帰りたい」と思うことばかりでした。それでも毎週琵琶湖に向かい続けた日々は、今となっては大切な思い出です。 そんな過酷な環境のなかで4年間続けられたのは、同期マネージャーの存在があったからこそだと思っています。同じ景色を見て、同じ悩みを抱え、ときには励まし合いながら乗り越えてきた仲間です。大学生活の中で、これほど心から信頼できる仲間に


引退ブログ#6 倉田章史
私の選手としての目標は、インカレの舞台で走ることでした。しかし、4回生の新歓後の最初のレースで自艇に穴が空き、結果も振るわず、さらに腕を故障してしまいました。その時点で、目標としていたインカレ出場は極めて困難になりました。 では、これまで努力し、多くのものを犠牲にして部活をつづけた意味は何だったのか。ここで損切りをして退部し、大学生活3年間と仲間との関係を捨てるという選択は、私にはできませんでした。 ケネディは「社会が自分に何をしてくれるかではなく、自分が社会に何ができるかを問え」と述べています。振り返ると、私に欠けていたのは主体性でした。部がどんな知識を、何番艇を、何年のセールを、どんなクルーを与えてくれるのかばかりを求め、部のために自分から良い影響を与えようとしてこなかったのではないか。そう気づきました。 腕を故障したことで、私は選手としての貢献以外の道を模索しました。そもそもインカレに出ることを目指した理由は、京大ヨット部の成績に貢献したいという思いでした。であれば、前を走ることだけが貢献ではない。腕を壊した自分にもできることがあるはずだと


引退ブログ#5 野本集太
引退ブログ お世話になっております、4回生470クルーの野本集太です。先日の江ノ島インカレで引退し早1ヶ月が経ちました。後輩のレース運営に行ったり部活尽くしではできなかったことを精一杯して引退ライフを楽しむ裏で、昨年のインカレから今年の引退にかけてのぐちゃぐちゃした様々な感情が次第に忘却・整理され、望んだ引退の形では全く無いにも関わらずヨットへの記憶は美化されていっています。 しかし美化されてもなお苦しかった4年間でした。そんな4年間の中で、自分が最後まで続けられたのは3年前の総合3位の景色をもう一度見たいという想いそれだけでした。スタメンもそうでない人も、先輩後輩クラス関係なく全員で笑顔で喜び合う先輩方の姿。当時一年生の自分から見えた景色は、自分が4年間部活を続けることの醍醐味・目標として写りました。 ですが自身は格段の成長を遂げられず、そうした目標との乖離が3年まで徐々に大きくなっていきました。3回生の自分は1年間、このヨット部にいる意味を見出せずにいました。実力も燻り、遠征メンバーから外れ何事にも期待されていなかった状況に無気力になり、ヨッ









