

引退ブログ#13 髙橋香琳
お世話になっております。 90代マネージャーの髙橋香琳です。 監督コーチを始めとする先輩方や後輩たち、そして同期のみんな4年間色々とお世話になり、本当にありがとうございました。 ようやく引退した実感が湧き、土日にみんなで練習していたあの当たり前だった日々がどれだけ貴重な時間だったか、今になって感じます。引退ブログと言うことで、思い出を振り返りたいと思います。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 入部のきっかけは、先輩方が全国3位という目標を掲げ、日々仲間と切磋琢磨しながら目標に向かって努力する姿をみて、私も一緒に頑張りたいと強く思ったことです。大学に入ってヨットという素晴らしい競技に出会いましたが、新歓の際にレスキューボートを運転した時の爽快感に心がトキめいたのは今でも鮮明に覚えています。私はマネージャーとして選手をサポートした経験がなかったため、最初は不安がありました。しかし、先輩方の温かい雰囲気や新しいことに挑戦できそうな環境に大きな魅力を感じ、この場所で頑張りたいと思い入部を決意しました。 1回生と2回生のときは、練習に行くのが楽しみ


引退ブログ#12 下村優芽
お世話になっております。90期マネージャーの下村優芽です。 まずはこの場をお借りして、京大ヨット部に関わるすべての皆様に、無事に引退の日を迎えられたことへの感謝を申し上げます。 インカレを終えてはや2ヶ月が経ちました。KUYCのブログを書かせていただくのもこれで最後ですが、引退ブログで何を書いていいのかわからず最初の挨拶からなかなか筆が進みませんでした。ブログ担当の方に迷惑かけてしまいすみません。 代交代式の際に、「一瞬一瞬を大事にしてほしい」と話したことを覚えている人は少ないかもしれませんが、本当に普段の練習がいかに重要だったのかを最後のインカレで身をもって実感したのでこのことを最後に伝えたいです。 私は学連という立場だったこともあり、レースの多くは運営側に立つことが多く、自チームのサポートに入る機会は、他の同期マネージャーはもちろん、下手をすると2回生マネージャーよりも少なかったと思います。そこで、少しでもレース経験を補うため、外洋のレースでは自発的に支援艇に乗せてほしいとマネリーダーに頼んでよく遠征に行かせてもらっていました。...


引退ブログ#11 豊田航生
お世話になっております。90代470クルーの豊田航生です。 「こんな引退がしたい」と、先代の引退ブログに憧れて入部したあの日から4年。時の流れの速さに驚くと同時に、濃密で、永遠のようにも感じられたヨット部の4年間が終わってしまったことに、未だ不思議な感覚を覚えています。 引退してからの1ヶ月、多くの人に「今の心境」を問われました。少しニュアンスがずれている点もありますが、私はほとんどの人に「意外なほど清々しい」と答えた気がします。 目標としていた総合4位には届かず、個人としても満足のいく結果ではありませんでした。それでもこの清々しさを感じられるのは、結果の良し悪し以上に、「ヨットという競技に、4年間真摯に向き合い続けた」という自負があるからだと思います。 振り返れば、4年間楽しいことや苦しいことなど色々なことがありました。特に私の4年目は決して順風満帆ではありませんでした。 年度冒頭の怪我による離脱、全く結果が出ずどん底を味わった春合宿、成長を実感しながらもあと少しのところで遠征を逃した悔しいレースシーズン、藻にまみれた琵琶湖夏合宿、そして体力の


全日本インカレ団体戦予選
お世話になっております。4回生スナイプクルーの古閑麻央です。10月に石川県・滝港マリーナにて開催されました団体戦予選の結果を報告させていただきます。 今大会、全日本インカレ本戦の前哨戦として総合優勝を目標に掲げ、10日ほど前から現地入りをして臨みました。しかし、結果は470級3位、スナイプ級2位、総合2位と、目標には遠く及びませんでした。夏合宿で江ノ島で練習した強風域では同志社と同等に戦えるレースもあったものの、陸風では大きく崩すレースもあり、チームとして悔しさの残る結果となりました。 スナイプチームでは、コーチボートに高木克也氏を迎え、団体戦のレスキューの動き、コースに対するアドバイス、レースの日のミーティングの仕方など、レースならではのコーチングをしていただきました。団体戦本戦、また来年以降のレースにもに繋がる新たな視点を得ることができました。 長年同志社に勝てずに成し遂げられていなかった近畿北陸水域での総合優勝を今年こそという思いでしたが、この思いは後輩たちへ託そうと思います。たくさんの応援をありがとうございました。


「SOYOKAZE記念基金」発足のご報告 ― 京大ヨット部支援の新たな礎として ―
この度、2025年12月18日をもちまして、本学ヨット部支援のための新たな礎となる「SOYOKAZE記念基金」が正式に発足いたしましたことをご報告申し上げます 。 本基金は、昭和60年卒業の小島秀一様のご厚意により、株式をご寄附いただいたことで実現いたしました 。 国公立大学の課外活動支援において、株式による寄附の受け入れは史上初の事案であります 。小島様自ら大学当局と協議を重ねられ、株式の配当金を継続的に「京大ヨット部活動支援基金」へ繰り入れるという、安定的な支援スキームを構築してくださいました 。 「SOYOKAZE記念基金」には、現役部員が卒業後も何らかの形でセーリングに関わり続けてほしいという願い、そして経済社会の仕組みを肌で感じ、将来の進路選択の一助にしてほしいという小島様の想いも込められています 。 この多大なるご支援に対し、部員一同および関係者一同、心より御礼申し上げます 。我々現役部員は、本基金によって強化される支援体制を真に有効に活用すべく、改めて財務規律を厳正に保持し、悲願の全日本インカレ総合三位の目標達成に向け精進してまい


引退ブログ#10 鈴木亮太朗
誰に読んでもらいたいか? ①後輩の皆 このブログをきっかけに新しい気づきを得て、あわよくばより良い未来に向かって新たな一歩を踏み出してくれることを願います。興味あるテーマだけでも読んでいただけると嬉しいです。 ②お世話になった先輩方 やっと僕も卒業しました。皆さんのおかげで今の僕があります。多くの先輩方の顔が浮かびます。感謝です。どんな感想でも構いません、読んでLINEいただけると喜びます。是非ご飯ご一緒させてください。今も変わらず、美味しい肉と魚が大好きです。 ③ご縁あってこの文章を読んでいただいているビジネスマンの方 僕は起業家として、47歳で1兆円の産業を創ります。同時に、文化・コミュニティ・場を作れる人間になり、日本・地球に差分を残します。僕の生き様を見て投資してくださる方、ご連絡ください。mail: jpnryo1231@gmail.com この時代ですが、AIを一切使わず自分の言葉で書きました。こんな非効率・非生産的方法で書いたのかと言われそうです。さらに時代が進み、文化の振り戻りがあり、「やはり人の手で書くのがいいよね」と言われる時


引退ブログ#9 宮本航太郎
90代スナイプスキッパーでした宮本航太郎です。引退して今思うことをいくつか書こうと思います。 まず、4年間この部活を続けられたことを嬉しく思います。僕は中学サッカー部を入院を機に途中退部して、高校はロケット同好会という緩い部活動だったので、しっかりと最後まで部活に打ち込んでやるというのは僕の人生では初めてでした。最後の1年はスナイプ優勝という目標と自分の現状との乖離に苦しみ、辞めてしまったらどんなに楽だろうかと何度も考えました。ハーバーに行くだけで吐き気がして、特に何かあるわけではないのに涙が止まらなくなることもありました。そんな状態でヨットに乗れなかった日、自分がヨットを続ける理由は何か考えました。今まで続けてきた時間を無駄にしたくないからとか、辞めるとチームに迷惑をかけるからとか色々と思いつく理由はあったのですが、結局1番大きかったのはヨットに乗ってない自分が想像できないくらいこの競技が好きだったからです。それに気づけた時自分は随分楽になりました。ヨットでシビアに乗るのはしんどい時もあるけれど、ヨット自体が敵なんじゃなくそこで甘えてしまう自分


引退ブログ#8 高槻達起
今自分が引退ブログを執筆させていただけるという事実にまだ驚いていますが、これも沢山の方々に支えてもらったおかげです。どうにか四年間やり遂げることが出来ました。本当にありがとうございました。 引退ブログどう書こうか、この場をお借りして何を伝えようかということで非常に迷いました。伝えたいことは沢山あるし、その思いをのせる言葉もたくさん持っているけどこのブログという伝えられることが限られている中で何を伝えるかは本当に難しい。含蓄に富んだ文章を書けたりするほど文才もないのでいつも通り冗長に文章を書こうと思います。800字という字数制限は守れそうにないです。 先日、代交代式を終えました。 卒部生の言葉を聞いて現役部員はどのように感じたんでしょうか?色々な思いを持った人が居たと思います。 もっと感謝を伝えられる組織になろうと言う人、結果に満足し成仏してる人、未練がましく後悔を吐露する人、変な人。 自分は間違いなく代交代式では変な人でした。わかりにくく当たり障りのないことを話したからです。ですので、思いのたけをここで書かせていただこうと思います。...


引退ブログ#7 伊藤萌
お世話になっております。4回生マネージャーの伊藤萌です。 このたび、無事に4年間の活動を終え、ヨット部を引退いたしました。今の率直な気持ちは、大きな達成感とともに、ようやく一区切りを迎えられたという安堵が強いです。長いようで短かった4年間ですが、振り返ると本当に多くの経験に恵まれた時間でした。 私がヨット部に入部したきっかけは、滋賀県出身で地元への思いが強かったことから、琵琶湖で活動できる環境に魅力を感じたためでした。当初はそれほど深く考えず、軽い気持ちで入部したのですが、すぐにその甘さに気づくことになります。夏は大変暑く、冬は厳しい寒さが続き、雨の日は雨に打たれながらマネ飯を運んだり、レスキューを運転したりと「今日は帰りたい」と思うことばかりでした。それでも毎週琵琶湖に向かい続けた日々は、今となっては大切な思い出です。 そんな過酷な環境のなかで4年間続けられたのは、同期マネージャーの存在があったからこそだと思っています。同じ景色を見て、同じ悩みを抱え、ときには励まし合いながら乗り越えてきた仲間です。大学生活の中で、これほど心から信頼できる仲間に


2025夏遠征
お世話になっております。4回生の嶋根爽馬です。今回は約3ヶ月にわたる夏遠征の振り返りをご報告させていただきます。 8月は全日本個人戦に挑む蒲郡組と葉山組とで分かれての練習でした。470チームは上位2艇が全日本個人戦に出場したため、葉山組は動作、帆走などの基礎技術の向上を目的に練習を行いました。琵琶湖では経験することのない2m程度の大きなうねりや13m/sを超える風になかなか成長の糸口を見つけることができないまま過ごす自分に不安と焦りを感じながらも練習をこなすことしかできませんでした。 その結果、8月末に挑んだ裏個人戦では出場した3レースを34-7-37と散々な結果で終えてしまいました。唯一シングルを取ることができた2レース目では12ノットほどの風、フラット海面において体重のある森田さんと出場し、ボートスピードにアドバンテージがあったのに対して、1、3レース目では軽風コンディションのアップウィンドで止まってしまい、苦しいレース展開となってしまいました。チームとしては上手いプレイヤーがいない難しい練習環境でもしっかりと練習に取り組んだ溝脇・神谷ペアが









