思い出のレース #2

May 15, 2020

いつもお世話になっております。三回生スナイプスキッパーの村山です。

 

今回のタイトル「思い出のレース」、ついこの前見たような気がしていたのですが、ブログを遡ってみると、どうやらもう二年も前のことでした。引退した先輩方の名前が多く、懐かしいなと思いながら、いくつかのブログを辿っていくうちに小塩氏(H31卒)のブログにたどり着きました。同期であった中川氏(H31卒)との激しいライバル関係と熱い友情が記された感動的な内容で、当時一回生であった私もこんな大学ヨット部生活をしたいと思ったのをよく覚えています。この話だけでも十分感動的だったのですが、実は先輩方はこの後にもう一つ印象的なエピソードを残していかれました。

ブログの最後はこのように閉められています。

 

「そんな中川と迎えるヨット部最後の夏がそこまでやってきています。団体戦予選1位通過はもちろんのこと、団体戦本戦でもワンツーフィニッシュを決めて京大の名を全国に轟かせるべく、より一層日々の鍛錬に取り組んで参ります。」

 

“団体戦本戦でワンツーフィニッシュ”

 

中川氏も現役の時、常々口にしていたこの言葉で思い出さずにはいられないレース。

それが、私の思い出のレース、「第83回全日本学生ヨット選手権大会スナイプ級第6レース」です。

 

 

遡って、このブログが書かれた頃、ちょうど二年前の京大ヨット部はまだ四半世紀にわたり全日本インカレの入賞から離れているさなかでした。スナイプチームとしても、その年は前年までのレギュラーメンバーも多く残っており、また年々成績が上昇してきていたこともあり、入賞が現実的になってはいたものの、全日本スナイプにも全日本個人戦にも一艇しか出場できず、またそこでの成績も芳しくなく、全国の舞台の上位で戦えているとは言えない状態でした。ヨット部一楽観的な性格の私でも、ジュニアや高校からのスター達が上位を席巻する全日本インカレで、大学から始めた実績もないチームのペアがワンツーフィニッシュするのは、さすがに難しいと思っていました。それでも大好きな先輩達が熱く語る姿に偶然でもいいから実現しないかなと淡い期待を抱いていました。

 

そのころ私はありがたいことに彼らに次ぐ三番艇のスキッパーとして、多くの大会に出させていただいていました。夏前のレースでは先輩達のペアに勝つこともあり、三番艇として悪くはない走りをしていたのですが、夏が明けてからは着実にレベルアップしてきた先輩達に対して、自艇は急激に不調になってしまいました。団戦予選では、先輩達が優勝をかけて同志社と競っているなか、ケツ5で返ってきて1レースで交代という有様で結局団戦予選では一位通過出来ませんでした。あまりの不調ぶりにペア変更が行われ、当時飛ぶ鳥を落とす勢いで上達していた太田さんと乗ることになりました。何をしても上手くいかない絶不調にあった私はとりあえず太田さんの勢いに乗ろうと、とにかく太田さんの言うとおりにしてみました。また蒲郡での事前合宿が始まってからは、先輩達の速くなったコツを聞いて、やってみたりして徐々に走りが改善されてきました。すると今度は上向きだした調子はとどまることを知らず、週を追うごとに速くなっていき、一分走ればブランケに入れられ、数分後には遙か彼方へとつきはなされていた先輩達に、ブランケからでも上り殺せる程の速さを手に入れていました。チームとしても蒲郡の風の分析がおこなわれ、自分達の分析に自信が持てるようになってきました。団戦予選前週に行われた30艇くらいの合同コース練では、入賞候補といわれていたチーム達を相手に下マークを1,2,3で回航し、自分達の走りに大いに自信を持てるようになってきました。この頃になると、レース前の風の共有などが活発に行われ、的確に分析出来た後に、各艇の得意戦術に分かれてレースするというスタイルが確立されていました。長いヨット人生の中でもこれほど論理的で堅実なレースをすることが初めてで、こんな最高の雰囲気初めてだと感動しました。おそらく誰も注目していないであろうこのチームがどこまで行けるのか、自分達が新興勢力として台頭していくことを予感する高揚感がそこにはありました。

 

 

最高のメンタルコンディションで迎えた第83回全日本インカレ。

初日、第1レースは少し堅くなってしまいましたが、落ち着いて分析し、続くレースでは少し立て直し、3レース目ではついに三艇が上位で回航する素晴らしい展開に。5-9-13でフィニッシュし、その日の宿舎は非常に気持ちよく過ごせました。

そして二日目、得意の軽風域で4,5レース目、どちらも二艇は10位前後でまわり順調にすすむ。もはや上マークで三艇が上位で集合するのは当たり前になりつつありました。いつも通り走れば、いつも通り上位で返ってこられるという確信ができていました。このレースもやることをやるだけ。

 

迎えた第6レース。

このレース、3艇は全く違うところからスタートしました。31471(小塩さん)は下ピンから、30678(中川さん)は上ピンから、そして30083(私達)は真ん中から。31471はそのまま左奥に、30678は右奥に、私達は真ん中でふれを紡いでいきました。序盤は左が有利でしたがアプローチ際で右側からのブローが入り、三艇がそれぞれ違う場所でバウを出していきました。そして上マークを7-8-12で回航。下マークに向かうまでは31471と30678がスターボで伸ばし、私達はポートで伸ばした。ここで先輩達が伸び始め、下マークを2-4で回り左海面に伸ばし始めました。リスクヘッジのため、自艇は右海面へ。スターボで伸ばしていると徐々にラフをしていく苦しい展開のなか、左奥に伸ばしている先輩達を確認して、「こっちが撃沈しても先輩達が前にいるから大丈夫やな」と安心することが出来ました。レイライン際で若干へダーが入りタックを返す。すると、右艇団を完全に押さえた位置に30678が現れました。完璧な位置取りに一位を確信しました。が、31471がいないぞとすこし不安に思った瞬間、ありえない高さで左奥から降ってくる船がいました。

 

31471。

 

この瞬間思わず身震いしました。同じチームの先輩が、一緒に練習してきた先輩が全国の舞台で1,2を走っている。ずっと目標として語っていた全日本インカレでのワンツーフィニッシュ。誰もが不可能だと思っていた偉業に後一歩と迫っている先輩達が最高に格好良かった。

 

しかしレースはそう簡単には終わりません。31471は変わらず圧巻のトップを悠々と走っていましたが、2位の30678に後ろの艇が近づいていて、サイドマークを回る頃には2位グループになってきていました。“頼むからこの順位を守ってくれ”。“俺の一生分の運使ってでもいいから後続に抜かれないでくれ”と祈りながら見ていました。

 

だが、祈りは通じませんでした。下マーク回航で30678が現れたのは、7番目でした。ランニングレグで後ろからのプレッシャーに思うような走りが出来なかったようでした。

 

悔しかった。でもここで自分がさらに順位を落とすわけにはいかない。なんとか順位をキープしてフィニッシュ。最低限の任務しか出来なかったというような悔しさを引きずりながらレースエリアを離れました。すごく笑顔で近づいてくるレスキューボートを見てようやく自分達がいいレースをしていたことに気づきました。ワンツー回航の印象が強すぎて忘れかけていましたが、1-7-16の24点で抑える会心のレースになっていたのです。

 

先にフィニッシュしていた二艇と合流し並んでレース海面へと向かいました。「惜しかったな-」とか、「次のレースでワンツーフィニッシュしましょう!」とか言い合っている瞬間は最高に楽しかったです。

 

その後も京大スナイプは好レースを続け、最終的に準優勝を飾りました。最終日着艇後、小塩さんが「俺たちのやって来たことは間違ってなかった」と言っていました。考えてみれば、始まる前は全く想像もしていなかった結果でしたが、ただの偶然ではないことは明らかでした。たったの半年ではありましたが、ミーティングや練習、会話の節々から、本気で勝つためのプロセスを作り上げている事は分かっていました。そしてそれは、ヨット歴9年目を迎えていた自分でも思い至らなかったようなことばかりでした。その結果として準優勝がついてきたのです。それらを間近で見続けられた私はすでにワンツーフィニッシュ以上に大事な物を受け取っていました。

 

今度は私がそんな姿を見せる番だ。

 

 

 

後に同期のスナイプスキッパーとこの話をしたときに、「自分達は先輩達を超えるワンツースリーフィニッシュをしよう」と話し合いました。総合優勝はもちろん、ワンツースリーフィニッシュを決めて京大ヨット部の伝説を作り上げていく。それが今の目標です。

 

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