引退ブログ#9鈴木優志
4回生スナイプスキッパーでした鈴木優志です。寒さが身に染みる日が続き春合宿嫌だなとか思っていたらもう引退していました。部活生活で伝えたいことは代交代式とフルセイルで伝えさせてもらおうと思っているので、ここでは図々しくも思い出語りをしようと思います。
88代での引退は想像していたものとは違ったものでした。去年の87代の劇的な引退を目の当たりにした1年前。先輩らの引退の姿は輝かしく、大好きで憧れであった先輩たちがいなくなることに何度も涙を流したことを覚えています。今年の88代でも、引退当日は何かしらこみ上げるものがあるものだとなんとなく思っていました。ですがその予想に反し、インカレ最終日の着艇後の心境は感傷というものが全くなく非常にあっさりしたものでした。86代、87代の感動的な引退を見てきたので比較になってしまいますが、僕の場合はドラマのない引退だった気がします(良い悪いは抜きにして)。また今年は小戸開催という事で一年強風を想定した帆走の強化や遠征をしてきたので、いざ本番で風が吹かず1度もその練習の成果を発揮できる場がなかった事にはやりきれなさがありました。レース内容も自艇としては苦手としてしたスタートを高く出るという事が結局できず、大きく叩いてしまうという結果になり、走ってくれている他のレースメンバーや信じてサポートしてくれた人たちに申し訳なさが残るものとなりました。
と、ここまでネガティブな内容ばかり書いてきましたが一つ良かったと思えることがあります。それは後悔が残るレースはなかった事です。スタートは出れませんでしたが、それはいつもの実力通りの事という事で素直に受け入れられ、むしろ無理に攻めてアルファベットをつけていたほうがよっぽど悔いの残ることだったと思います。またコースについても2人でこれが正しいと思うものを引き続け、帆走も練習通りの目線、マーキングの活用を徹底し、非のあるケースは絶対に起こさない安全なアプローチをし、下りレグではフレッシュを走り順位を上げるといういつも通りの事をこなす意識によって、難しいコンディションのなかで後悔のない選択を続けることが出来たんだと思われます。
引退してから早いものでもう二週間がたち段々と引退の実感がわいてきました。現役として部活の同期や後輩と関わることはない。練習で金坂の甲高い号令を聞くこともない、山崎の激はやベビパをみることもない、倉又の独特な出艇着をみる事もない、沖で全然声の通らないやまさよをみることもない、なによりペアの堀内としょうもないことを言い合いながらヨットに乗ったり、レースで一喜一憂したりすることはもう二度とないと思うと「ああ、本当に引退したんだな」と虚しさや寂しさが込みあがってきます。その寂しさが加速させるかのように、今までの思い出がありありと浮かび上がってきます。特に夏の小戸遠征は、一日一日の情景が鮮明に思い出せるほど辛くも楽しくもあるものでした。いろいろな語録が流行ったり、きつすぎて布団の中で発狂する人がいたり、寝ながら歩く人もいたり、満腹なのにラーメン屋をはしごしたり、着艇後の夕日が感動するほど綺麗だったり、時間が経ち美化されているという事もあるとは思いますが、どこをとってもかけがえのないものであり、そんな経験をできた自分は本当に幸せ者だったと思います。ただ満足に部活に打ち込めていたのも、自分がどくそ軽鎮であり、部を裏で回してくれた優秀な同期がいたからこそです。また夏遠征に関してはしっかり練習を回してくれていた琵琶湖組のおかげで集中して練習に取り組めていました。どちらも本当にありがとうございます。
二回生から入り一年短い部活人生で当初は不安もありましたが素晴らしい先輩、頼もしい同期、かわいい後輩に恵まれて楽しく、そして悔いなく駆け抜けることが出来ました。最後に今まで支援してくださったOB,OGの皆さん、監督そして一緒に頑張れた同期(89代も)のみんな本当にありがとうございました。後輩のみんなも心から応援しています!
本当にお世話になりました!
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