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引退ブログ#13保家大将



お世話になっております、88代470クルーをつとめました、保家と申します。この度は、引退ブログということで書かせていただこうと思います。代交代式が締め切りやったんですけど、気づいたら11月が終わってました。修太郎、遅くなってごめんよ。最後ということで、この1年を徒然なるままに、代交代式にあまり言えなかったことや、どの口が言うねんみたいなこと書かせてもらいました、よろしくお願いします。


1年前87代が終わり、88代の僕らの代が始まりました。87代でもレースメンバーとして争っていた人数が少なかったことから、戦力ダウンは否めない、総合3位なんて取れるのか、取るとしたら並大抵の努力では無理なんだろうなと思っていました。湖を拠点にしている僕らでは波に慣れていないというのも、そう思った要因としてあります。もちろんやるからにはベストを尽くす、与えられたカードを最大限生かすのが僕のポリシーだったので、この1年ペアを組むこととなった中根やみどりんごには特に真摯に向き合ったつもりです。


その2人と組んでいる時僕が考えていたのは、3番艇をしっかり作りあげる、いわゆる安定した順位を取れる走りをできるようにすること。それさえ出来ればインカレで上位を取るのは難しくないと思っていました。というのも、インカレの特性上、特に軽風では全国トップレベルですらも上位を取り続けることが容易くないし、全国で見て劣らないスピードさえあれば3番艇ですらも上位をとることは可能だと思っていたからです。それは去年のインカレや今年のインカレを見ても分かるかと思います。


2人と組み始めた当初は「なんでそうなるかなぁ」そんな気持ちになったことを覚えています。スタートではどのタイミングで加速するのか、どうしたら加速が上手くできるか、回航上手くするためにどうポジショニングするのか、…など課題点は山ほどありました。そんな2人が上手くなっていくのを見るのはとても楽しかったです。帆走面ではこれが走り方に合ってるんちゃう?今は速い、今は遅い、レースではあっちが伸びてるな、今走りやすい?、などと初めは僕が発言することが多かった艇内から最終的には2人でボートスピードを作って、レース展開を作るようにまで成長し、とても嬉しかったのを覚えています。それ故にレースで走らなかった時本当に悔しくてメンブレもしてペアには迷惑をかけていたなと今では思います。


そんなこんなでレースシーズンも終わり、夏遠征に入っていきました。強風は軽いせいで速く走れなくて嫌いだし、シンプルに怖いしでこの遠征は憂鬱なものでした。着いた当初は軽風が続いており、この時のコース練やプレのレースでの感触からみどりんごとのペアでは軽風は間違いなく速い、戦っていけると自信に繋がりました。強風はやはり上位2艇には置いていかれるものの走れるレンジは増えてきたなと思いました。遠征を通して強風走れるようになるかも、そんな希望を持ち始めた時でした、葉山練習3日目、例の漂流事件が起こります。2人とも携帯があったお陰で無事生還したもののみどりんごが体調を崩して帰省になりました。この頃は心にぽっかり穴が空いたようで何にも身が入らなかったのを覚えています。そうして夏合宿の後半からぬくいちゃんの軽風要員としてペアを組むことになりました。体重の軽さや僕が自信を持っているスピンへの所感で47が軽風でも速くなったことは素直に嬉しかったし、インカレの予選やその後の琵琶湖のコース練などから軽風では近北トップなんじゃないかと思えるぐらいで自信に繋がりました。


そのいけいけ状態で最後の地、小戸へと向かいます。城ヶ島カップでは全力を出し切れないスピンだったり、ビッグフリートに翻弄されたりで3艇ともそんなに走ることはありませんでした。が、そこまで意気消沈した雰囲気ではなかったのが88代の470は良かったのかなと思います。ちなみに僕はめちゃくちゃ不安でした。しかし、1週間後団体戦が始まります。1年前までの僕は団体戦という意味があまり分かっていませんでした、その艇がとりあえず前走ればええやん、そんな気持ちが拭いきれずにいました。ですが、わずか1レースしか出なかった昨年とは違い、今年はスタメン、しかもフル出場となり、団体戦とはいかようなものかを実感しました。出艇することで陸のメンバーからもらうエールや、装備交換、風情報などレース以外のことを完璧にこなしてくれるレスキュー、それらはとても心強いもので特に城ヶ島カップでは緊張しまくっていた僕も幾分いつも通りの走りができたと思います。京大ヨット部が全国に誇れる部員の多さというのは確かに強さに繋がっている、1,2回生は薄いと思いますがその年の成績の一助となっていることを心に刻んでおいてほしいです。


結果こそ掲げていた総合3位には及びはしませんでした。ですが、そこで残念に思っているのはこれからの伸びしろだと思います、なにしろ毎年総合入賞を危なげなくしているというのは間違いなく強豪への仲間入りを果たしているのですから。その強豪の集団でも十分に上であることの証拠は88代では示せなかったですが、これからの京大ヨット部を作っていく89,90,91代とこれからの後輩に託したいと思います。


そして引退を迎えた今、現役の時には増量に悩まされ、強風に悩まされ、冬の寒さに悩まされ…と正直しんどかった出来事が多く思い浮かびます。ただそれらは結局僕らが目標としていたインカレでいい景色を見るための足がかりであり、その目標があったからこそ頑張れていたことでした。それらが無くなった今だからこそ実感するのは、ヨットで占められた自分の大学生活というものはとても充実していたということです。大学生という自由な時間をヨットに費やすことで、同じ志を持つ仲間と過ごすことで得た経験はいつ思い返してもいいものであったと言いきれます。とても楽しかった。


以上で僕のKUYCの最後とさせていただきます。最後まで拙い文章でしたがありがとうございました。



88代 保家大将

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